ミニマリストという生き方

今日は5時に起きました。気温は8℃。曇。いつものようにウルトラライトダウンを羽織ってランニングパンツは履いてパタパタとキーボードーを叩く朝。

現在は新しいサイトを作っています。完全に僕の趣味の領域のサイトですが、完成すればこのサイトからも少し収益が上がり僕の老後の夢のための資金になってくれるはず。10年以上先に結果が出てくれればいいのです。10年もたてばサイトを構築するチカラも文章を書くチカラも今より格段にレベルアップしているはず。

『ミニマリスト』という言葉を聞くと物や人付き合いを捨てる冷たい人だとあなたは言うかもしれません。しかしそれはパッと見た表面上での評価と言われても仕方がないかもしれません。チームスポーツのサッカーが好きな人もいれば個人競技の剣道が好きな人もいます。花を見て絵を書く人もいれば写真を撮る人もいます。

それは平積みされている本を見て面白くないと判断しているのと同じこと。

実際には本を読むまで、中身の面白さや奥深さは気がつかないことが多いです。もちろん本の中身を読んだとしても、面白くもないし中身もないと判断することもあるでしょう。しかし、時間がたつにつれてだんだんと面白さがわかってくる本もあるはず。

『ミニマリスト』『最小限主義』と聞いて感情的に「そんな生活は考えられない」と判断することも可能でしょう。しかし時間がたつにつれて(それも10年20年という長い期間)なぜ物をたくさん所有することが僕たちにとって必要のないことなのか、あくまである程度ですが、感じることもあると思います。

『ミニマリスト』という言葉が流行語大賞にノミネートされたのは2015年のことでした。4年たって僕はミニマムな生活を水中でエラ呼吸する魚のように自然と何も考えなくとも行えるようになってきました。

毎日決まった時間午後8時30分に寝て、午前2時から5時くらいの間に起きます。2枚のTシャツを交互に着て毎日同じ服を着て出勤しています。僕の身の回りにある物のほとんどが、黒、グレー、白のモノトーンで構成されています。

かといってそれが別に僕の足枷のように作用することはありません。オレンジ色の三菱の証券細字用のボールペンはもう何年も愛用しています。歯ブラシは子ども用のコンパクトな歯ブラシを使っているので派手なブルーです。

持ち物のカラーは僕にとって大事なことでもあり、そこまで大事な事ではないという事。もちろんお店で物を買うときに自分で色を選べるなら黒かグレーか白を選びます。かといってそれが絶対にそうでなくてはならないという意味ではありません。

健康を気にして「オーガニック製品以外を口にしない」と決めてしまうとたちまち世界が不自由になってしまいます。

では物を所有しない事にこだわっているのではないかと言われれば「うーん」と腕を組み考える事になります。確かにそうかもしれない。

しかし、僕は今まで15年ほど病院で働いてたくさんの人の最期を見てきました。大きな屋敷にたくさんの物に囲まれて暮らしている人。小さな部屋で質素に暮らしている人。病院には持ち物や資産に関わらずたくさんの人がやってきては去っていきます。

僕の祖母は人生の最後の数年を5畳ほどの部屋で暮らしていました。友人を部屋に呼びコーヒーを飲みながら花札をしていました。賭け事をしているわけではなかったのですが、大学ノートにびっしりと勝敗表が書かれていました。

祖母が亡くなってから祖母の部屋を片付けていた時に、生前祖母はここに引っ越してきたときにほとんどの物を処分したのよと言っていたのですが、それでもトラック1台分の物がたくさん出てきました。ほとんど全てを市に引き取ってもらいました。

僕が病院で働きながら、また祖母のトラック1台分の荷物を見たときに感じたことは「僕たち人間は最後には持ち物を全て捨てて死んでいく」という事実でした。生まれてきた時と同じよう身ひとつ。

10年か20年先かはわかりませんが、そういえば「物を持って死んでいくことはできないのだな」と少しでも思い出していただけたら、このブログの著者としてこんなに嬉しいことはありません。