自分が本当に必要としていない事を考えてみる。

今日は6時に起きました。気温は24℃。晴。朝は涼しくて短パンにTシャツ姿で、仕事が最高にしやすい季節。

人間が生活する上で最低限必要な物は衣食住という言葉で表現されます。
人は生きるためには食べなくてはいけませんし、身体を外敵からまもるためや体温を奪われないために服を着ないといけませんし、雨風をしのげる場所で安心して眠る必要があります。

歴史を振り返ってみると人間はもともと生きるために狩りをし食料を確保し、動物の革をまとい、洞窟の中で暮らしていました。もちろんミニマリストだからといって石器時代に戻ろうという話をしているわけではありません。しかし近年の豪華な食事、クローゼットに入りきらない衣服、広すぎる住まいは本当に必要でしょうか?

豪華すぎる食事は生活習慣病という新たな病を生みました。クローゼットに入りきらない大量の衣服は埃を生み、空気の流れを悪くして、さらに今日着るべき服が見つからないという現象を生み出してしまいます。

広すぎる住まいは防犯や維持や管理に時間をとられます。

なぜ僕たちは広い家に住みたいと思うのでしょうか?
なぜたくさんの物を所有したいと思うのでしょうか?

社会のシステムや広告に惑わされているだけではないではないでしょうか。全ての広告はあなたのお金を奪い去ろうとしていると言っても言い過ぎではないでしょう。広告を作っっている人が考えているのは本当にあなたの幸せではなく、仕事として商売として広告を考えているはずです。

もしあなたが自分の身の回りの物をみわたしてみて、どうしてこんなにも不要な物のために大きなクローゼットのある部屋に住んでいるのだろうか?と疑問をもったなら、あえて少ない持ち物で小さな狭い家に住むという選択肢を1度考えてみてはいかかでしょうか。

本当に自分が生活するために広い家が必要なのでしょうか?その昔王様は大きく豪華な城や宮殿を作って自らの権力を誇示しました。しかしその豪華な城や宮殿を維持するためには民衆からたくさんの税金を徴収したくさんの召使いを必要としました。

その宮殿を引き継ぐためにたくさんの醜い争いが怒りました。権力を誇示すると必ず争いがおこります。

もし家賃が半分になれば残りの半分のお金で何が出来るか考えてみるのもいいでしょう。子どもにいい教育をうけさせることが出来るかもしれません。子どもともっとたくさんの旅行やキャンプに行って思い出をつくることが出来るかもしれません。

僕は3児の父ですので、なんでも子どもを中心に考えてしまう癖があります。しかし物事の優先順位を明確にしておくことで今までなんとなく食べていた物や日々袖をとおす衣服にも考えを巡らせることができました。

たとえば、テーブルの上においしいデザートや果物があり、子どもたちがほしがれば、僕の分を喜んで食べてもらいます。子どもの身体は栄養分を効率的に成長させることに使うことが出来ますが、大人になった僕の身体は過剰な栄養分は害となり病気の原因になることの方が多いからです。

また自分の衣服にかんして言えば、ほとんどが軽量でコンパクトにたためる物を選んで着ています。夏には毎日のようにTシャツと短パンを着ています。着心地がよく洗濯をしたらすぐに乾く物がおすすめです。

洗濯機の乾燥機能は使わずに外に干して乾かします。その方が衣服を傷めずに長く使えますし、電気を使わずに環境にも経済的にもいいと考えているからです。

一人暮らしのミニマリストの友人は洗濯板を使ってお風呂場で洗濯している人もいます。洗濯板を使えば洗濯機を買わなくてすみますし、電気も洗剤も水も最小限で洗濯できます。

僕だけの服ならば洗濯板を使っての洗濯も可能ですが、5人家族分の衣服の洗濯をするために、洗濯は洗濯機を使用しています。便利で早く時間の節約になるからです。繰り返しますが、物を最小限にして生活はしていますが、石器時代に戻ろうという話ではありません。

ただ見栄をはるのはやめてみませんか?