持っている物でじゅうぶん。

今日は4時に起きました。気温は25℃。曇。夏休みも終盤。宿題はあと少しで終わるようです。自分のロフトベットで勉強に励んでいるようです。

長男のために作った子ども部屋の代わりのロフトベットは見事に物でぐちゃぐちゃになってしまいました。

なるべく口を出さない様にはしていましたが、夏休みの間に片付けを習慣にするために毎日片付けをするように声かけをしました。

すると
「いらなくなった本はどうしたらいい?」
と聞いてきました。

「いらない本は持ってきて」
と答えると何冊か持ってきました。漫画本や小学1年生の時に買った本。何回も読み直したようでぼろぼろです。しかし、今までは捨てることを拒んでいたのに自分で処分する物を選べるようになってきました。

たとえ自分の子どもの物であったとしても勝手に物捨てる事はしない方がいい。もちろん赤ん坊のころは自分で判断できないので仕方がありませんが、ある程度の年齢になったら自分で大事で置いておく物と必要がなくなったので処分する物とを判断させます。

我が家の場合は5歳くらいから判断させていました。

もちろん5歳くらいの子どもに「もう遊んでいないから、このおもちゃ捨てようか?」と尋ねても「ダメ!今から遊ぶの」と言って急に遊びだします。さっきまで見向きもしていなかったのに。

子どもに判断させてもいっこうにおもちゃは減りません。しかし、それでもいいのです。

何回も何回も続けていく事で自分にとって本当に必要な物がなんなのかがわかるようになります。大人になってもなかなか習得できる事ではありません。子どもにとっておもちゃを捨てることはもっとも難しいことだと認識することが大切。

諦める事はありませんが、そこまで物を減らすことに執着せずに少しずつ行動していけばいいと考えています。繰り返しますが、そもそも大人でも難しいことなのです。気楽に考えることが大切。おもちゃ箱に入りきらないおもちゃは処分するように声かけをしていました。

新しいおもちゃを買ってもらうためにはおもちゃ箱のスペースがなければなりません。使わないおもちゃは処分しなければ新しいおもちゃを買ってもらえないのです。

最初はこの方式でうまくいきましたが、長男が7歳くらいの頃に使わなくなったおもちゃを簡単に捨てるようになりました。ミニマリストとしては物に執着しない事、つまり捨てる事を簡単に出来る様になったことを喜ぶべきことだったのですが、その捨て方は物を大切にしていない冷たい捨て方でした。

新しい物を買って欲しいがための処分。まるで大量購入、大量消費をしている現代社会のように。

これではまずいと、子ども達におもちゃを買ってあげるのは誕生日とクリスマスの年に2回にすることにしました。

購入する回数も制限することで、それまでの間は持っているおもちゃを大切にするようになりました。

よほど予算とかけ離れていないかぎりは欲しい物を購入します。とは言ってもそこまで高級な物をせがんだ事はありません。

今年はパソコンを欲しがったのですが、結局違う物が欲しいと言い出して、魚釣りセットを購入しました。

子どもにとっても大人にとっても新しい物を購入することは楽しいことです。しかし今持っている物を見渡してみてじゅうぶんと思える心がとても幸せを感じさせてくれることがわかりました。

僕には何にも欲しい物がない。もうすでにじゅうぶん満たされている。そう思える期間が長くなってきたような気がします。

新しい物を購入する時でも最初はフリマアプリで探すようになりました。新しくなくても使えればじゅうぶん。中古でじゅうぶん。新品を買うことを思えばフリマアプリの中古品は安いことが大半。中古を買えば新品を買うための金額との差があります。その差額で家族でご飯を食べに行く方がいい。そう思える事が僕にとっての今の幸せです。