想像力を駆使して生きる。

今日は5時に起きました。気温は24℃。晴。

5時に起きたと聞いてあれ?っと思った人は毎日このブログの「日記」を読んでくれている人です。人数にしても全国で1人か2人くらいでしょう。

今日は朝の4時に海外の編集者の方とFacebookを使って、出版に関する打ち合わせの予定でしたが、先方の都合で1週間延期になりました。海外の方と仕事をしているとよくこんな事もあります。

だからと言って、全くイライラすることもありません。そんなものだと考えているからです。

最初から最悪の事態を予想しておくことで、マイナスの感情がうまれることもありません。

例えば、僕は急に出版社の都合で出版の話が無くなる事もありうるだろうなぁと予想しています。僕が書いている『ミニマリスト家族の本(仮名)』は日本ではすでにたくさんの良書がありますし、僕が書く必要のない本だと思っているからです。

何も本として印刷する必要はないのではないかと感じます。すでに何年か前に電子書籍が印刷本の売り上げを上回ったはずです。

また間違って売れてしまうと、取材やら何やらを断るのが面倒になってしまいます。

将来は作家として生計を立てるのが僕の目標ですので、仕方がないことかもしれませんが、出来れば目立たないところでこそこそ生きたい。もちろん作家として生きていくので、身を削って文章を書いていますが。

嫌なことでも仕事として文章を書くことによってお金を稼ぐことができます。嫌なことが全くないことは仕事ではありませんしお金も稼ぐことができません。

相手に期待することが大きくなるとイライラがふえます。ニュースになる事件の多くは家族が被害者であり加害者であることです。または隣人というパターンもあります。

夢のマイホームを購入したのに、隣の家がゴミ屋敷だったり、毎晩騒音が酷いと怒りの感情がうまれるのも仕方がないのかもしれません。簡単に仕方がないかと考えられる問題ではなくなります。

これが賃貸ならすぐに引っ越せばいいかと言う話になります。

夢のマイホームを買う前に最悪の状況も考えておくこと、想像しておくことが、負の感情を作らない最大の防御になります。

結婚にしてもゴールではなくスタートです。もしあなたの同僚がとても綺麗なモデルのような人と結婚しても羨む必要はありません。永遠の愛はないことはなんとなくわかっている人がほとんどでしょうが、誰もそんなことは教えてくれません。

男性の方が憧れを持って結婚しているかもしれませんね。女性は何となく結婚に対して冷静になって考えているような気がします。もちろん統計をとったわけではなく、あくまでも気がするだけです。

仲が良さそうな老父婦であっても実際に話を聞いてみると、仕方がなく一緒にいる仮面夫婦だったりします。他人の芝生は青く見えるのです。実際に経験していないことは想像するしかありません。

アメリカワールドカップはロベルト・バッジョの大会として記憶されています。その理由はブラジルとの決勝戦でロベルト・バッジョはPKを外して負けてしまったからです。

イタリア国民だけではなく世界中のサッカーファンがその光景を目にし、記憶に残るシーンとして語り継がれています。しかしあのPK戦で外したのはロベルト・バッジョだけではありません。イタリアの1人目のキッカーはフランコ・バレージでしたが彼も外しました。ダニエレ・マッサーロも外しました。

しかしロベルト・バッジョは大会を通してMVP級の活躍をしていました。※実際のMVPはブラジル代表のロマーリオ。

期待値が大きかったからこそ人々の記憶に刷り込まれることになりました。誰もロベルト・バッジョがクロスバーのはるか上にボールを蹴り上げるなんてことを想像していなかったからです。

また、ワールドカップのアメリカ大会ではオウンゴールをしたコロンビア代表のエスコバルがマフィアに射殺されています。賭博絡みの逆恨みと言われていますが、これも想像力の欠如から起こってしまった悲しい事件と言えるでしょう。

アメリカの作家ノーマン・カズンズは『悲観することは時間の浪費だ。』と言いました。しかし僕は「悲観」することはあらゆる想定をすることの中で必要なことだと考えています。期待しすぎると失敗した時のショックが大きすぎて時に命に関わります。

子育てに関して言えば、期待しすぎてしまうと、何かを失敗した時、例えばジュースや牛乳をこぼしたりしたら、つい怒りたくなってしまいます。

ジュースや牛乳を渡す前に「こぼすかもしれないな」と予想しておくこと(悲観しておくこと)が親として必要なことだと考えています。もちろん高級な絨毯に牛乳をこぼしてしまった時に怒らないことは、そんなに簡単なことではないですが。ちなみに我が家は最初から絨毯はありません。

僕はもし海外での出版の話がなくなれば、電子書籍として販売しようと考えています。電子書籍として出版予定の少し長めの短編小説をちまちまと書き進めている段階です。

問題はペンネームですね。パパスと言う名前はゲームのキャラクターからとった名前なので、使うことはできません。かといって本名は出すのが恥ずかしいので嫌です。どうしよう。