テストの点数よりも大事なこと。自宅学習。

今日は5時に起きました。気温は24℃。曇。雨は夜のうちに上がっていたようですね。週間天気予報をみると、毎日のように大小様々な傘のマークが書いてありました。梅雨到来。

先日、小学4年生の長男の塾に行くことを諦めて自宅学習を始めることを書きました。本人が塾を嫌がったのが一番の理由ですが、僕も塾自体があまり好きではありませんでした。たくさんの宿題や退屈な授業。僕が子どもの頃の塾はテストや受験のための授業が行われていて、いい学校に入学して、最終的にはいい会社に就職することを目的としていました。

僕は受験を目的とした競争社会からだんだんと坂を転がるおにぎりのように転がっていきました。結局、大学の入学試験には落ちて専門学校に入り手に職をつけることになるのですが、これは本当に運が良かったと今になって思います。

社会人になって数年で世界経済危機のいわゆるリーマンショックがおこり、大学に入学し、いい会社に入った同級生たちが苦労しているのを目の当たりにしました。「リストラされるかもしれない」とか「今年のボーナスはないんじゃないか」なんて声も聞かれました。もちろん飛び抜けていい大学(京都大学など)に入学した友人たちには、あてはまらなかったのですが。

たまたまリーマンショックの半年前に仕事を変わろうと会社をやめた友人の1人が、急な世界的な不況で「就職先が見つからない」と嘆いていたのを思い出します。

結局のところ、テストでいい点をとっていい大学やいい会社に入っても、未来に何が起こるかはわからないということを覚えておかなくてはいけません。

僕は子どもに勉強を教えるときに、100点は取らなくてもいいと言っています。

もし100点を目標にして勉強を初めてしまったら、結果だけを求めてしまいテストで100点をとる勉強方法を自分で見つけて丸覚えしてくるかもしれません。結果さえよければいいと内容のない薄い人間になってしまうかもしれません。もっとひどくなれば100点を取るためにカンニングなどに走るかもしれません。

100点を取ることよりも、わからない問題を素直に誰かに聞けるようになってほしいと考えています。ミスはミスとして素直に認めて、誰かに教えを仰ぐことができる人間になってほしいのです。

大人になればカンニングはやりたい放題です。というかカンニングをしてでも正解を導きださなくてはならなくなります。むしろそれは前提条件で、そこからのアイデアが求められる時代がやってきます。

ネットが普及してなんでも検索すれば正解を導き出せるようになってきました。ネットの世界にはまだまだ役に立つことや役に立たないことが混在していますが、どんどん役に立つことだけが生き残っていくことでしょう。

今までの丸覚えの知識はネットで検索すればいくらでも見つけることが可能です。

例えば自分が大好きな「坂本龍馬」についてたくさん勉強していたとします。いくら勉強したところでネットで検索したたくさんの「坂本龍馬」の記事よりも詳しくなることはできません。もし他の誰かに、自分の知らない「坂本龍馬」についての事実を指摘されたとしても、それを恥ずかしいと思わずに、素直に新しい知識として取り入れることができる柔軟な頭になることが社会に出たときに役に立つはずと考えています。

ですので、僕は子どもに自宅学習で教えていることは100点は取らなくてもいいということ(もちろん取れるに越したことはないんですが)。

わからない問題・できない問題を素直に認めて、誰か(親や先生や友人など)に聞くことを教えています。

出来ないことは決して恥ずかしいことではないのです。ミスは誰でもおこります。いくら単純な作業であっても1万回同じことをしたら、1回か2回はミスをするものだと考えておかなくてはなりません。

ミスしたときに隠さないこと。次にミスを起こさないようにするにはどうしたらいいのか。どうすれば1万回に1回のミスをなくすことができるのか。

そんなことを考えられる大人になってほしいと願っています。