ガラクタも無駄じゃなかった。

2020年4月10日金曜日

今日は5時に起きました。気温は10℃。肌寒く感じます。1ヶ月前には10℃あれば温かく感じていたのですが、この時期の10℃は寒く感じますね。やはり慣れる生き物なのでしょう。

先日(4/8)は発想(ひらめき)について書きましたが、もう少しだけかみくだいて書くと、発想(ひらめき)とは自分の頭の中にあるイメージを取り出して使うことになります。世の中の天才と呼ばれる人たちは、記憶の中のイメージが鮮明で大量に保存されています。

発想(ひらめき)することとは、そのたくさんのイメージの中から材料を抽出して、その場面の中で最適な物を作り上げていくことにあります。

村上春樹氏の著書の中で映画『E.T.』を使った解りやすい比喩があったので、すこし僕なりにアレンジして取り上げさせていただきます。

映画『E.T.』の中でE.Tがガレージの中のガラクタを使って通信装置をくみ上げる作業があります。発想(ひらめき)はその場面に非常に似ています。

発想(ひらめく)ためにはたくさんのガラクタが必要で、さらにその使い方、組み合わせ方が重要になります。

人により記憶力は差があります。何度か書いていますが、僕は病院で働いていて、東大の医学部を卒業された先生やハーバード大に在籍されていた先生などと話をする機会がありました。きっと子どものころには天才とか神童とか呼ばれていたであろう先生方です。

その先生方に共通する点は、ものすごく些細なことを鮮明に覚えていらっしゃるということです。もちろん興味のないことはすぐに忘れてしまうのでしょうが、例えば、学校の先生が授業中に「ここが大事ですよ」といった事は決して忘れません。また「ここが大事ですよ」と言われなくても自分が大事だと思ったことは忘れません。またその目測も外しません。

そういった先生方の記憶は鮮明で、膨大な量のデータを保存し、簡単に取り出す事が出来ます。しかし僕を含めほとんどの人にはそんな能力はありません。簡単に昨日食べた物を忘れたり、久しぶりにあった知り合いの名前を忘れたりしてしまいます。

そういった人はどうしたらいいのかといえばE.T.方式でいくのがいいと思います。というかそれしか方法はありません。中途半端な断片的な記憶をなるべくたくさん貯め込み(もちろんたくさんの経験をして)、頭の中にガラクタと思われる物を詰め込んでいく。別に鮮明ではっきりしたものでなくてもかまいません。中途半端な記憶でもいいのです。

中途半端な記憶ではたいした材料にならないと感じてしまうかもしれませんが、もしE.T.が来た時には、それらのガラクタを使って通信装置を作れるくらいの材料をそろえておく。あとはそれを魔法のような技術で組み合わせていく。ガラクタのように感じた物が組み合わせ方によって、発想(ひらめき)によって、宇宙の彼方まで通信できる装置を作れるかもしれない。

その組み合わせを考えるのが発想(ひらめき)になります。

今は学校が休みになって小学生である我が家の長男と次男は自宅学習をしています。その問題集のなかですべてをやることは大変だと感じたので、算数の文章題を重点的にすることに決めました。

算数の文章題は難しい公式は必要ありません。小学4年生くらいの問題集になると大人でもうーんと腕組みしてしまう問題もあります。もちろん二次関数など使えば簡単に解けてしまう問題なのですが、小学4年生ではまだ習っていません。いわば反則技みたいなものです。

普通のたし算とか引き算、掛け算、割り算といった初歩的な計算方法を使って解いていかなくてはなりません。大事なことはそれらの組み合わせかたなのです。

僕が今ブログで書いている内容も、ガラクタのようにインスタ映えなんてしない毎日をつらつらと書いているだけです。とくに目新しいことに挑戦しているのではなく、毎日早寝早起きをして、犬の散歩にいって、子ども達の勉強を見ている毎日です。そのブログが毎日数百人の人が読みに来てくれています。

パパス
ただの平民の僕の文章がこれほど読まれるようになるとは、
まさに奇跡に近い魔法のようだと感じているところです。
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