新しい自転車。

今日は6時に起きました。気温は5℃。雨。やはり雨の日は花粉症が酷い。ゴールデンウィークまで我慢。

昨日は休みで、次男と2人で自転車に乗って図書館に行きました。小学校に入学したばかりの次男は自転車に乗る機会がなかなかないので、平日の休みの時にたっぷり一緒に桜並木をサイクリング。

長男も乗っていた自転車はあちこちサビが出てきてチェーンもかたくブレーキも効きが悪かったです。それでも自転車に苦もなく乗れるようなった次男はとても喜んでいました。

もう長男がその自転車を乗っていた時の身長は過ぎていました。新しい自転車を買わなくてはいけませんね。次男は信号待ちの間に「〇〇(長男の名前)の自転車もらってもいいのかなぁ?」と言いました。

「△△(次男の名前)は〇〇が今乗ってる自転車が欲しいの?」

「うん」

「〇〇に新しい自転車買って△△は〇〇の今乗ってる自転車でいいの?」

「うん」

「でも△△が新しい自転車に乗ってもいいんだよ」

「・・・」

「・・・」

「新しい自転車が欲しい」

「そっか。じゃあもうちょっと一緒に練習したら買おうね」

以前から次男は長男のおさがりが多く喜んでいました。僕も弟だったので、たくさんのお古ばかりでした。自転車は確か近所の人にもらってきたのを使っていました。

何となくお古を着せるのではなく、古くなれば古くなるほどかっこよくなる服を選んで着せていました。アウトドア系の服は古くなっていけばいくほどかっこいいですよね。

親である僕が古い服を大事に修理しながら着ていることを見せることで、子どもたちも物を大切にする気持ちを学んでくれました。

次男はいつも長男が使っていた物を貰ったら「使っていいの?」と目を輝かせて喜んでいました。でも新しい自転車が欲しい気持ちもちゃんと持っています。当たり前のことですね。

もちろん今はまだ完璧とは言えませんが、あと10年ほどしたら僕が毎日している生活(つまりミニマリスト生活)について考えられる時が来るでしょう。「新しい物が欲しい」と簡単に言うことは多々あります。僕たち大人は子どもたちに、誰も欲しい物を全部手に入れられるわけじゃないことを教えなくてはいけません。また新しい物を買ってもらえば特に大切にしなくてならないことも教えなくてはいけません。

何も教えずに大人になった時、世の中には欲しい物が溢れていることを知ります。何でもかんでも買い物をするようになったら大変。簡単に買える仕組みが世の中にはたくさんあります。そうやって銀行やクレジットカード会社やお店のカモになる前に自分の本当に大切にしたいことを見つけなくてはなりません。

広告をみて簡単に欲しいと思うのではなく、これは自分が喉から手が出るほど欲しいーー例えばトランペットのショーケースにへばりつくくらい欲しいーーと思っているのか、ただ広告や周りに流されて欲しいと思わされているだけなのかを考えられるようにならなくてはなりません。

もちろんいつでも完璧を求めていては息がつまります。自転車は次男に新しいのを買ってあげようと思っています。