理想の家。子ども部屋の広さ。

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今日は5時に起きました。気温は6℃。晴。コーヒーが美味しい。

僕は大阪府で生れ育ちました。学生の間はずっと実家で暮らしていました。実家は僕が3歳のころに新築物件を購入し引っ越した一軒家。近所には大きな家が立ち並び、当時は高級住宅街といわれるような場所で育ちました。余談ですが今でも両親と弟が住んでいます。

僕が3歳の頃と言えば1980年代の後半、日本は好景気に沸き、誰もが夢のマイホームのために24時間働き(24時間働けますか?というCMが流れていましたね)ローンを組んで住居を購入していた時代です。銀行は喜んでお金を貸し、住宅ローンを組めば金利も高く住宅購入費用は広告に掲載される値段よりもかなりの金額を支払うことになりました。

もちろんそれを知ったのはだいぶ後の大人になってからですが。実家もほぼ倍近くのお金がかかっていたのを知って驚きました。

僕はそんな高級住宅地にある実家の近くの地元の小学校に入学しました。もちろんまわりの友だちの家は裕福な家庭が多かったように思います。友だちの家は大きく、遊びにいけばお菓子にジュース。友達の部屋にはスーパーファミコンのカセットがぎっちり詰まったおもちゃ箱があって、なんとテレビが置いてあったりして、夢のような家庭に見えました。

ですが子どもにとって実家の安心感にまさるものはありません。うらやましいと思うこともあったでしょうが、今ではほとんど覚えてはいません。それよりもはるかに強力な思い出が中学時代にあったからです。

僕は地元の中学には進まずに私立の中学に入学しました。電車に乗ってわざわざ私立中学に入学した理由はさまざまですが詳しくは割愛。とにかく僕の学力的にも我が家の経済的にも通学時間を考えても少し背伸びすれば通える私立中学に通いました。

今でも付き合いのある仲の良い友人もこの私立中学で出会いました。

自転車で田んぼ道を15分かけて電車の駅まで向かい3つ目の駅まで電車通学。

ある冬に雪がつもり電車が止まると駅校内に人があふれて、スマホもない時代に家に連絡することも出来ず、公衆電話はスーツを着たサラリーマンの長蛇の列。仕方なく歩いて家まで帰ったこともあります。耳が赤くしもやけのようになり、温かい耳あてを買ってもらいました。

私立中学に入学して気づいたことは、実家が不便な場所にあるということでした。

駅から遠く坂が多い地域で自転車では大変。車の渋滞が多くラッシュ時のバスは定刻通りには来ません。車がなくては生活できないとまではいえませんが、健康な足腰がなくてはとても住み続けることは難しい場所でした。もちろん宅配便をつかえば生活することは可能でしょうが。家から出ないのであればどこで暮らしても同じでしょう。

立地条件の中で特に不便に思ったのが学校から遠く最寄駅からも遠いことでした。サッカー部に入部した僕は電車に乗って大阪の中学に遠征して大阪の地理を学びました。大阪市内には地下鉄や環状線などたくさんの電車が走っていることを知りました。

またもう1つ忘れてはならない事実を知ることになりました。実家の周辺のお金も持ち以上にたくさんのお金持ちの家庭が世の中にたくさんあるところです。僕は中学校の指定のローファーの値段が8000円だったことに驚くような小学生でしたが、制服のほかに購入自由の冬物のコートが5万円もしたのです。

僕はもちろん買いませんでした。もちろんお金持ちの家に生まれた子どもたちはたくさんの物を持っていました。もちろん冬物の5万円のコートも持っていました。

そのころになると服に興味をもつ男子も現れて、お小遣いで梅田に服を買いに行くといううこともしていたようです。中学生で月に30000円のお小遣いをもらっている同級生などもいたんです。

中には自分でテレビ台つきの本棚を部屋に買って設置している友達もいました。

電車代をかけてまでショッピングにいくという行為が信じられなくて、僕は学生定期の範囲内の友達と遊ぶようになりました。(今でも交流のある親友)

サッカー部でペアで練習するときはいつも2人一緒に練習していました。真面目に練習せずにふざけてばっかりしていたので上手にはなりませんでしたが、とても楽しい3年間でした。

私立中学から高校は地元の公立高校に入学しました。山の上にある高校でしたが電車の駅は比較的近くにありました。

電車で来ている同級生も多くが学生定期で通勤していました。僕はわざわざ15分かけて駅に向かうよりも直接自転車で20分かけて学校まで通っていました。

雨の日も雪の日も。

学生時代を振り返って見ると、小学校、中学、高校と進むにつれて行動範囲が広くなっていき、ギリギリまで遊びたい年頃の高校生にとって実家の不便な場所にあることがとても嫌になっていました。

中学校に私立に、高校で公立に行ったことで、超お金持ちの家やとても裕福とは言えない家の同級生と交流することも出来ました。

僕が一番憧れた友人の部屋は小さくても整理整頓された大好きなものに囲まれた部屋でした。僕が泊まりに行くと歩く場所がなくなるほどの小さな部屋です。

中学、高校と親友と呼べる友達は各1人出来ました。仕事関係なしで2人でご飯を食べたり何時間も話さずに一緒にいられる友達です。2人とも素敵な部屋を持っていました。

我が家の子どもたちは自分の部屋を持っていません。僕は持っていましたが、好きになれませんでした。友人を呼ぶには家は不便な場所にあるし、物に溢れていました。

4月には長男は小学4年生になります。まだ自分の部屋を強く欲しいと願ってはいません。自分で欲しがるようになれば友だちを呼べる理想の部屋を一緒に作ってあげようと思います。

家族の生活スタイルは年月で変わります。
簡単に住み替えられるのが賃貸の利点。